Vol.9 アートとシネマ 『ムッシュ・カステラの恋』
 

−フランス中が泣いて、笑った。会社社長の中年男のユーモラスなラブ・ストーリー−

ムッシュ・カステラは中堅会社の社長。仕事にさほど熱意がなく、有能な経営コンサルタントを雇っているが、エリートの彼が気に食わない。保険会社から派遣されたボディガードが四六時中護衛しているのも目障りで、長年連れ添っている妻アンジェリックは夫より飼い犬に深い愛情を注いでいる始末と、なんともさえない日常を送っていた。

社長なら英語くらい話せなければと、コンサルタントが英語教師の女性クララをよこしたが、英語は苦手と早々に追い返してしまう。しかし、その夜、付き合いで見に行った芝居の主演女優が昼間の英語教師であることに気づいたカステラ社長は思いがけず彼女に恋してしまった。

かくして、英語レッスンに熱心に通い、彼女から本や戯曲を借り、彼女のつきあう自称芸術家たちとも交流するなど、趣味趣向が違う彼女に涙ぐましいアタックを開始するムッシュ・カステラであったが、ちび、禿、ちょび髭、おまけに恋に不器用な中年男は全く相手にされない。 

この世の中、ムッシュ・カステラのようなおじさんが大半なのかもしれない。日々の仕事に追われて、芸術やセンスの向上に構うヒマがない。思ったことはすぐ口に出してしまう無神経さはあるが、オシャレな雰囲気や気の利いたセリフにはとんと縁がない。

そんなムッシュ・カステラが、ある日恋をする。恋の相手は売れない劇団の女優クララだ。恋をしたら、物の見方、感じ方、付き合う人たちなども変わった。最大の変化は感動する気持ちを持つようになったことだ。そもそも、「向上心」とは「変化する」ことと同じである。とすれば、変化を辞めてしまうのは何も年齢の問題だけではない。だれでも、気が付かないうちに、一つの考え方や方向性に固執してしまいがちだ。

『ムッシュ・カステラの恋』を観て、感動する気持ちはとっても大切で、それは忘れていても、実は突然やってくるものだったりするのかもしれない。感動することで見えてくる世界、人生の楽しみは思っている以上に大きいものだ。

ムッシュ・カステラの変身で、彼を先入観で判断していた周りの人たちの態度が変わっていくさまは小気味よい。映画は、ムッシュ・カステラが今までに無い生活の充実感にひたる姿でエンディングとなる。