Vol.5 大泉(オズ)の魔法使い
 

長年住み慣れたわが町のことも、気がついてみると、意外と分かっていなかった。町の風土、歴史、ご近所の住人のこと。そんな無意識に広がる、蜃気楼のようなわが町にも、さまざまな物語が生まれる瞬間がある。

張り詰めた朝の空気の中を足早に駅に向かう人の群れ。

息をはずませながら、学校に向かった、幼い頃の通学路。
どこかからか「寄り道せずに、帰ってきなさい。」と促す母の声がしたような気がした。

なにげない生活の一場面で、ふとした瞬間に、頭の中に眠っていた懐かしい記憶が目覚め、別世界にいるような気分になることはないだろうか?

そう、問題は、どこに「心」があるか、なのだ。

ここに、沈む夕日を一緒に見つめるカップルがいる。ロマンチックな気分に浸って目を潤める女の横で、男は、実は、明日のギャンブルに闘志を燃やしているかもしれない。

そこで、心のカメラに写った光景をひとに見せることができれば面白いと思うのだが、ひとつ困ったことがあった。写真機は、写「真」のために作られたのであって、写「心」の役には立たないのである。

日曜日の早朝、眠気をおして、わたしは町へ出る。自転車にまたがり、デジカメを片手に町の隅々をひたすら走る。

日曜の朝は、何か空気が違う。陽光はどこかものうげで、なま暖かく、人の姿の見えないバス通りは、魔法使いの呪文にかかった城下町のようだ。

わたしは写した写真を、パソコンに移し変えて、錬金術師よろしく、混ぜたり、切ったり、貼ったりと、心に思い描くイメージを求めて、マウス片手に、格闘すること数日。

いつしか、デジタル画像はパソコンのなかで程よく調合されて、写真から、写心に、仕上がってきたようだ。

ここだけの話だが、会社員とは仮の姿で、実は、わたしは、大泉(オズ)の魔法使いなのだ。