Vol.17 美意識の別世界にひたれる個展の魅力 〜マイ個展奮闘記〜
 

絵画を描くこと。それは作品の制作の過程に費やされる「自分の時間」を楽しむことにほかならない。だが、そこにはもうひとつ、作った作品を誰かに見せたいという気持ちもある。料理好きの家内にいわせれば、「ギャラリーがいないと作る気になれない」そうだが、アートもまた同じ理屈で、作った作品を喜んで見てくれる誰かがいて、ほめ言葉のひと言でももらえるかという淡い期待があるからこそ張り切ってできる。

五年ほど前に人前で発表したいという気持ちを抑えきれず、ひとりでせっせと個展を企画、制作する趣味を持ちはじめた。1年か、2年に一度の頻度で、親しい友人、会社や近隣のおつきあいのあるひとたちを集めて、地元のユメリア・ギャラリーを3日、4日借りて個展を開かせてもらっている。

初めて開いた個展のときはドキドキものであった。地元の親しい人しか来ないといっても、公共の場所であるから、作品も、展示もそれなりの水準を満たしている必要がある。いつもよりも気持ちをはりつめて作品作りに取り掛かる。できることだけをしていては進歩はない。ドキドキしながら、一段上をめざして経験を積まなければその先には進めない。

決められた会期の日までに間に合うかと気にするあまり、せっかくの作る楽しみを味わえないこともある。しかし、ちょっぴり背伸びする体験は自分を磨いてくれる。限られた時間と予算の制約のなかで集中力は思いがけない想像力を生み、新たな世界を拓いてくれる。

「ギャラリーという空間」そのものも、ひとつのアートである。開場を待つ無人のギャラリーの壁に並べられた作品を見渡して見てみるとき、舞台に立つ俳優の気持ちが分かるような気がした。その臨場感、その迫力は感動である。スポット・ライトに照らされて登場を待つひとつひとつの作品に凝縮されているもの。才能、感性、努力、労働、理想、楽しみ、悲しみ。そして、わたしの表現しうる最高の「美」。

開場とともに、大勢の来場者が、一点、一点の作品を食い入るように見つめ、そして感動にあふれた表情をみせる。この感激は、自分を磨き努力を重ねたアーティストへの最高の賛辞である。「個展」という特殊な空間は、私たちの感受性を刺激するとともに、美意識にひたれる別世界となりえるのである。

12月3日、午後4時、2日半という短い会期にもかかわらず120名余の大勢の来場者を迎えた第4回藤井孝写真展は、わたしの心に特別な思い出を残して幕を閉じた。