Vol.16 若冲とダ・ヴィンチ 〜江戸時代とバーチャルリアリティの世界〜

 

伊藤若冲の傑作として知られる「動植綵絵」は、現在も京都相国寺に伝わる「釈迦三尊像」の荘厳画として制作された三十幅におよぶ大作である。若冲が自ら「動植綵絵」と称した、その意味は、釈迦を敬い、その教えに聞き集う生き物たちということだが、三十幅には、花を中心とする植物、鶏を中心とする鳥、昆虫、魚が、色彩鮮やかに描かれている。

若冲は「動植綵絵」全三十幅の制作に約十年の月日を費やした。そこに描かれた動植物のみずみずしさ、緻密な描写表現は、ルネッサンスの巨匠、ダ・ヴィンチにも匹敵すると評価されている。ダ・ヴィンチの描いた「受胎告知」のなかの天使ガブリエルの羽、若冲の描いた郡鶏の羽。どちらも今にも動き出しそうなようすに見える。

ダ・ヴィンチの絵画は、絵具を薄く、淡く、何度も塗り重ねることによって、輪郭線を残さない「スフマート」画法を完成させたが、いっぽうの若冲は、塗料の色の濃淡、巧みな色の塗り分けによって、輪郭線を描かず、まるで今日のグラフィック・アートのような鮮やかな彩色をほどこしている。

この驚異的な画面を描くには、絵とほぼ同一の緻密な下書きを必要としていたはずで、さらに、花や葉がからみあう複雑な構図をたくみに塗り分けるには、さぞかし創造力、集中力を要したことと推測される。

そして、何より驚くのは、描かれた絵画に、インコや鸚鵡、錦鶏などといった、普段、見かけることのない動物が数多く登場することである。おそらく、図譜や標本等からヒントを得て発想したものだろうが、江戸時代に流行した博物学や園芸が影響しているのだろう。

若冲の絵画は、こうした浮世離れした動植物をふんだんに用いて、ダ・ヴィンチ絵画の「重厚感あふれる」、科学的で、理論的な絵画空間とは反対の、「浮遊感あふれる」、官能的で、繊細な絵画空間を作り上げたのである。江戸絵画とバーチャルリアリティの奇妙な取り合わせ。これが、今日も若冲がわたしたちを魅了する理由ではないだろうか。