Vol.12 アートとスポーツ観戦 −W杯に見るスポーツの芸術論−
 

2006年はトリノ・オリンピック、サッカー・ワールドカップと大きなスポーツ・イベントが目白押しの1年である。残念ながらサッカーでは日本チームは早々と敗退してしまったが、テレビを前に深夜まで声をからして声援をおくった人も多いのではないだろうか。

ところで、サッカースタジアムを埋め尽くした応援団と、わたしが似ていると思ったのは、日本武道館におけるロック・コンサートの聴衆である。前者はスポーツ観戦、後者はパーフォミング・アーツであるがこの二つが最もよく似ている点は、大声を張り上げ、拍手をし、熱狂して我を忘れ、周囲の人々と連帯感を生み出し、最後にカタルシスを経験することである。

ワールドカップの試合を見ていると、台本のないドラマと見做せるし、優れた俳優の演技と同様に、アスリートたちの超美技に創造性が感じられないわけではない。なによりも、観客の感じる魅惑は、ドラマと同様、現実とは一線を画した物語の世界にひたりながらも、自分に関わりのあるものとしてアスリートたちを応援するところにある。

たしかに、スポーツは作品を残さないが、演劇、音楽、舞踊などのパーフォミング・アーツと同様に、パーフォーマンスの芸術と考えられるのである。

哲学者・独ポストモダニズム美学の旗手のヴォルフガング・ヴェルシュによれば、芸術は、かつてArtistic「技量的・専門的」であることが重要あったが、今日では、Aesthetic「(専門的な技量を必要としない)感性的」なものが重要になってきたという。すなわち、17〜18世紀のヨーロッパで確立した詩、音楽、絵画を範疇とする近代エリート的芸術のステイタスに関して大きな地殻変動が起きつつあると指摘される。

ヴェルシュの結論は、スポーツが芸術にとって代わるというのでなく、大衆の趣味に根ざした生活融合型アートとしてのスポーツと、実験的でエリート的な芸術が並存するというものであるが、あなたは、テレビで観戦する生活融合型アート派、それとも、美術館で観賞するエリート的芸術派?