Vol.1 絵は風景でつづられた物語
 

銀行員時代、語学トレーニーとしてフランスで2年半ほど海外生活するチャンスに恵まれました。海外生活一年目は言葉や生活習慣の違いもあり悪戦苦闘の毎日でした。しかし慣れというのは恐ろしいもので、しばらくすると、十年も前からパリに住んでいたかのような顔をしてフランス料理やレストランのうんちくを語っていました。
  
そんな似非パリジャンにも、フランス人家庭からお招きがかかることがありました。招待されたパリのアパルトマンの広い室内はそれほど家財が置かれておらず一見簡素に見えるのですが、趣味のいい家具や絵画がほどよく飾られていて、インテリアには時間とエネルギーを惜しまない様子が伺えました。
  
室内の壁にふと目を留めると、骨董的な価値の古い絵画やら、今様の洒落た版画やらで壁一面が美しく飾られていました。しばらく見入るうちに、この家の住み手の思いや体温がわたしにもひしひしと感じられるようでした。そのとき、絵画をごく当たり前に自分の生活に取り込んでいるこの国の人たちがつくづくうらやましく思われました。

欧米では絵のない暮らしは、庭木のない家のように息苦しいとされています。日本では美術愛好を一部の富裕層の高尚な趣味や財テク目的の投資対象のように考えられがちですが、外国では市民の日常生活における息抜きのためのインフラとして大切にされています。

ラスコーの壁画ではないですが、人類には文字の始まる以前から絵のある暮らしがありました。絵は言葉で表すことのできない風景でつづられた物語です。それは、自分の職業や家柄、趣味嗜好から、財産や家族の構成、ものに対する価値観まですべてを包括した「わたしの肖像(ポートレイト)」をしずかに物語っています。

※写真はイメージです。本文とは関係ありません。